2026年2月26日、決済大手のブロック(旧スクエア)が従業員の約4割・4,000人の削減を発表いたしましたわ。理由は業績不振ではありません。AI導入による業務効率化ですの。ジャック・ドーシーCEOは「大半の企業が後に続く」と述べ、発表を受けて同社株は急伸いたしましたわ。
投資家がその日ざわついたのは、ブロックの人員ではありませんの。「従業員が4割減るなら、その会社が買っていたSaaSのライセンスも4割減るのでは?」 という一点ですわ。
これが、2026年前半のソフトウェア株を覆った**「SaaSの死(SaaS is dead)」**という言葉の正体ですの。
ところが不思議なことに、野村證券も第一生命経済研究所も三菱UFJ eスマート証券も、揃って**「SaaSは死なない」**と結論づけていますのよ。では株はなぜ売られたのか。売られたまま放置してよいのか。
感情論を抜きにして、何が実際に起きたかと投資家が何を見るべきかを整理いたしますわね🌹
「SaaSの死」はどこから来たのか|3段階で効いた3つの出来事#
この言葉は突然生まれたわけではありませんの。時系列に並べると、3段階で効いているのが分かりますわ。
| 時期 | 出来事 | 市場が受け取った意味 |
|---|---|---|
| 2024年12月 | マイクロソフトCEOの発言。「AIエージェントの進化で従来型SaaSの前提が大きく変わる可能性がある」 | 言葉の発火点。SaaS is deadと解釈され議論が始まる |
| 2025年5月 | アンソロピックがClaude Codeを一般公開 | エンジニアの生産性が激変。ITコンサル・SIerの受注減懸念で関連株が先行して劣後 |
| 2026年1月 | アンソロピックがClaude Coworkとプラグインを公開 | 非エンジニアでも業務ツールを自作できる。SaaSの優位性そのものへの懸念に発展 |
第1段階と第2段階は、ソフトウェアを作る側の話でしたの。外注していたIT業務を社内で完結できるなら、システム開発を請け負う会社の仕事が減る。これは分かりやすい話ですわ。
決定的だったのは第3段階ですの。野村證券フロンティア・リサーチ部の西川拓氏によれば、Claude Coworkはマーケティングや法務といった部門別プラグインを備え、ITリテラシーが高くない職種でも目的に合った業務効率化ツールを作れるようになりましたわ。
つまり論点が「SaaSを作る人が減る」から、**「SaaSを買う理由が減る」**へ移ったのですの。三菱UFJ eスマート証券のレポートも、Claude Coworkを「懸念が現実になったととらえられた」出来事として挙げていますわ。
そしてもうひとつ、地味ですが重い数字がありますの。Stanford HAIの「AI Index Report 2026」によると、実際のPC環境でAIの操作能力を測るOSWorldというベンチマークで、AIのタスク正答率は**2024年時点の約12%から2025年には66.3%**へ跳ね上がりましたわ。人間の平均は72.35%ですの。
「AIが人間の代わりにソフトを操作する」は、もう仮定の話ではなくなっていた——市場はそう読んだわけですわね。
株価に何が起きたのか|業績が悪いから下げたのではありませんの#
ここが一番誤解されやすい部分ですわ。
野村證券の分析では、米国では2025年5〜6月ごろからITコンサルティング関連銘柄がS&P500に対して劣後を始め、2026年1月以降はSaaS関連銘柄のパフォーマンス悪化が急速に進んだとされていますの。日本の上場企業も同様の展開ですわ。
ただし、下げた理由は決算の悪化ではありませんのよ。むしろ逆ですわ。三菱UFJ eスマート証券が挙げた個別の数字を見てくださいまし。
- セールスフォース(CRM):2026年2〜4月期の純利益は前年同期比37%増の21億700万ドル。サブスクリプション収入が好調
- パランティア(PLTR):2026年1〜3月期の営業利益は前年同期比4.3倍
好決算ですのに、セクターは売られましたの。ではなぜか。野村證券は2つの要因を挙げていますわ。
1つ目は、業績モメンタムの鈍化。 米主要SaaS企業の増収率のピークは2021年前後、コロナ禍でDXが一気に進んだ時期ですの。ビジネスが正常化した後、当時のような急成長は見られなくなっていますわ。
2つ目は、AI事業が業績の牽引役になれていないこと。 これが効いていますの。AI関連の売上を開示している企業を調べると、クラウド/AI売上は前年同期比で2〜3倍のペースで拡大していますわ。ところが企業全体の売上に占めるAI関連事業の比率は、数パーセントから10%程度に留まっているのですの。
倍率は派手でも、母数が小さい。全体の成長率を押し上げるには届いていない、ということですわね。

ここに、Claude Coworkが降ってきましたの。「今も伸びていない。将来はもっと危ないかもしれない」——この2段構えが、株価の重しになったというわけですわ。
つまり市場が売ったのは実績ではなく、実績の持続性ですの。これはAdobeが予想PER10倍まで売られた件や、Intuitが増収増益でも1年で半値になった件とまったく同じ構図ですわね。
それでも「死なない」と言われる3つの理由#
3つのレポートが揃って悲観論を退けているのには、根拠がありますの。整理すると3点ですわ。
理由1:企業はAIに「野放しで」データを触らせられない#
第一生命経済研究所の柏村祐氏が引いているOECDレポートの開発者調査(2025年)が、現場の空気をよく表していますわ。AIエージェントを使う開発者のうち、データのセキュリティとプライバシーに懸念を示した人は81.4%(強く賛成56.1%+やや賛成25.3%)、提供される情報の正確性への懸念は86.9%(57.1%+29.8%)ですの。
企業がAIに仕事を任せるには、誰がどのデータにアクセスできるかの権限管理、操作履歴の保存、データ保護が欠かせませんわ。長年かけてそれを整備してきたのが既存のSaaS企業ですの。
モルガン・スタンレー・インベストメント・マネジメントも、規制対応や監査可能性が求められる業務では、AIが既存のシステム・オブ・レコードを全面的に置き換えるより、その上に「知能の層」として重なる可能性が高いと指摘していますわ。
理由2:SaaSは「人が使う画面」から「AIが使う基盤」に変わる#
これは脅威ではなく、役割の変化ですの。
これまでSaaSの価値は、人間にとっての画面の使いやすさでしたわ。AIエージェントが主役になると、評価軸はAIからのアクセスのしやすさ、API連携、データ連携、権限管理のしやすさへ移りますの。
野村證券の西川氏は、SaaSの中核を「入出力画面(GUI)」「データベース」「ビジネスロジック」の3つに分解していますわ。ビジネスロジックとは、入力されたデータをどう格納し、出力を求められたときにどう処理するかという手順のことですの。
従来のSaaSは価格を抑えるため、顧客ごとのカスタマイズをせず静的なビジネスロジックで十分でしたわ。けれどAI時代には、ユーザーが自然文で自由に指示を出すようになり、出力を動的に変える必要が高まりますの。ここを高度化できるかどうかが分かれ道ですわ。
理由3:座席課金は減っても、市場全体は広がる#
モルガン・スタンレーIMの予測では、2025年時点で約9,710億ドルのソフトウェア市場は、2030年に1兆7,170億ドルへ拡大し、うち2,700億ドルがAIによる上乗せ、AIエージェント市場だけで4,200億ドル規模になるとされていますわ。
パイそのものが2倍近くになるなら、座席課金の一部が削られても、取り分が増える企業は出てくる——これが「死なない」派の中核ですの。
ただし、全員が生き残るとは誰も言っていませんのよ#
ここを読み落とすと危険ですわ。3レポートはいずれも**「SaaS業界は分化する」と言っているのであって、「今のSaaS銘柄を全部買ってよい」**とは一言も言っていませんの。
野村證券は、中長期的に3パターンへ分かれると整理していますわ。
| パターン | 内容 | 立ち位置 |
|---|---|---|
| (1) 進化型 | 既存SaaSがAIエージェントを取り込み、ビジネスロジックを高度化して個別ニーズに応える | 最も価値が残る形 |
| (2) 新興キャッチアップ型 | 優れたAIエージェントを持つ新興企業がゼロからビジネスロジックを構築し、既存勢を急速に追う | 既存勢の脅威 |
| (3) データ提供型 | AI開発では劣後し、蓄積データへのアクセス権の提供に特化。金融情報ベンダーに近い形 | 縮むが消えはしない |
注目すべきは、(3)は決して「負け」ではないという指摘ですわ。決算や株価の情報だけを提供する金融ベンダーであっても、その正確性を担保するメンテナンス能力には一定のニーズがあり、データアクセス料金を取れますの。ただし、成長株としての評価は受けにくくなりますわね。
そして西川氏は、既存SaaS企業の堀(既存顧客資産・信頼性・ビジネスロジック)について、**「1、2年で容易に淘汰されるような状況ではない」としつつ、新興企業にユーザーと知見が溜まり続ければ「いずれは逆転する可能性がある」**とも明言していますわ。
つまりこれは、**「安全だ」ではなく「まだ時間がある」**という話ですの。混同してはいけませんわ。

投資家の新しいモノサシ|座席数の代わりに見る3つの指標#
では、実際に何を見ればよいのか。レポート群から抽出できる実務的な判定軸は3つですわ。
モノサシ1:決算で「API利用回数」「データ処理量」を語り始めているか#
柏村氏が挙げる最重要ポイントですの。人間ではなくAIがそのSaaSを使い始めている強力なサインですわ。
座席数(シート数)の伸びを誇るIR資料は、AIエージェント時代には過去の指標ですの。逆に、API呼び出し数・処理トークン量・エージェント実行回数といった**「使った量」**を開示し始めた企業は、課金モデルの移行を本気で進めている証拠ですわね。
モノサシ2:その企業にしか溜まらないデータを持っているか#
AIがどれほど賢くなっても、学習と判断の元になる実務データがなければ機能いたしませんわ。汎用的な機能はAIに複製されますが、顧客企業の実際の業務プロセスから生まれるデータは複製できませんの。
ここが、汎用性の高いホリゾンタルSaaSより、特定業種に食い込んだバーティカルSaaSのほうが議論の余地が残る理由ですわ。
モノサシ3:従量課金・成果報酬への移行が「価格表」に現れているか#
IR資料の「AI戦略」ページではなく、実際の価格表を見てくださいまし。人数×月額のままなのか、処理量や成果に連動する行が追加されているのか。
移行は利益率を一時的に痛めますわ。AI機能の提供にはGPUコストがかかり、AIに強いエンジニアの採用やM&Aにも投資が要りますの。野村證券は**「当面は先行投資によるコスト負担が利益率を圧迫し、売上に貢献できるのはさらに先」**と見ていますわ。
ですから短期的には、正しいことをしている企業ほど利益率が下がって見えるという、ややこしい局面ですのよ。
見落とされがちな論点|ジェボンズのパラドックス#
最後に、ブロックの4割削減に戻りますわ。
あの発表が示したのは「AIで人が減る」という一方向の話だけではありませんの。西川氏が指摘しているのは、経営者が本当に悩んでいるのは別の点だということですわ。
業務効率化で生産性が上がるなら、そこに人を追加投入すればもっと稼げるのではないか?
効率化がかえって需要を増やすジェボンズのパラドックスですわね。AIエージェントで人を削るのか、AIエージェントと人が組んでさらに稼ぐのか。
前者なら人員削減が容易な米国企業に追い風、後者なら雇用が硬直的でITを外注しがちな日本のSIerに追い風ですの。西川氏は**「株式市場で投資家が好むのは前者であり、後者の考え方を持つ投資家が少数派なのは間違いない」**としつつ、どちらが正しいかはまだ分からないと結んでいますわ。
市場のコンセンサスが片側に寄っているとき、そこには必ず逆側の値付けの歪みが生まれますの。すぐ賭けろという話ではありませんけれど、覚えておく価値はありますわね。
まとめ|「死ぬか死なないか」は問いの立て方が雑ですの#
| 論点 | 現時点で言えること |
|---|---|
| 発火点 | 2024年12月のマイクロソフトCEO発言→2025年5月Claude Code→2026年1月Claude Coworkの3段階 |
| 株価下落の理由 | 決算悪化ではない。**業績モメンタム鈍化+AI事業が全体の数%〜10%**にとどまることへの失望 |
| 実際の決算 | セールスフォースは2〜4月期 純利益**+37%、パランティアは1〜3月期 営業利益4.3倍** |
| AIの操作能力 | OSWorld正答率が約12%(2024)→66.3%(2025)。人間平均72.35%に接近 |
| 市場規模 | ソフトウェア市場 9,710億ドル(2025)→1兆7,170億ドル(2030予測)、AIエージェント市場4,200億ドル |
| 業界の行方 | 進化型/新興キャッチアップ型/データ提供型の3パターンに分化 |
| 時間軸 | 既存勢の堀は**「1、2年で崩れるものではない」**。ただし逆転の可能性は否定されていない |
「SaaSは死ぬのか」という問いは、実は雑ですのよ。どのSaaSが、どの役割で、どの課金モデルで残るのか——こう分解して初めて、投資判断に使える形になりますわ。
ふん、べ、別に「売られているから買い時ですわ」なんて申しておりませんわよ。むしろ、この分野で一番危ないのは**「安くなったから」という理由だけで拾うこと**ですの。座席課金モデルのまま、独自データも持たず、価格表も変えていない企業は、安いまま売上が縮む可能性がありますわ。
わたくしが申し上げたいのは、この論点は印象ではなく決算資料で答え合わせができるということですの。API利用量を語り始めたか。価格表が変わったか。AI売上の比率が数%から動いたか。3ヶ月ごとに、あなた自身の手で確認できますのよ。
「SaaSの死」という言葉に反応して売り買いするより、次の四半期決算でこの3つを確かめるほうが、ずっと賢い時間の使い方ですわね🌹
参考データ出典: 第一生命経済研究所・柏村祐「AIエージェントはSaaS企業の敵か味方か」(2026年6月30日。Stanford HAI「AI Index Report 2026」、OECDレポート引用の2025年開発者調査、Morgan Stanley Investment Managementの市場規模予測を含む)、野村證券・西川拓「AI台頭も『SaaS』は死なない」(2026年4月28日)、三菱UFJ eスマート証券・和島英樹「ソフトウェア株は『SaaSの死』を乗り越えられるか」(2026年7月16日)。ブロックの人員削減は2026年2月26日の同社発表およびロイター・ブルームバーグ等の報道に基づきますわ。個別企業の決算数値は各社発表時点のものですの。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありませんわ。株価は変動し、投資元本を割り込む可能性がございます。米国株は為替変動の影響も受けますの。掲載した市場規模予測や第三者の見解は将来の成果を保証するものではございません。投資判断はご自身の責任でお願いいたしますわね。






